ウクライナ戦争のアメリカ責任論 『第三次世界大戦はもう始まっている - エマニュエル・トッド - 』

ウクライナ戦争のアメリカ責任論というのをたまに聞く。日本だと、佐藤優などが主張している。本書は、日本でも(たぶん)人気のエマニュエル・トッドが、現在の戦争に対するアメリカの責任、その欺瞞を強く糾弾している。アメリカの不誠実は近年のイラクアフガニスタンでもたびたび言われる。そうは言っても、現在のウクライナ戦争でそれを言うのは勇気がいることだと思う。抜粋に近いメモをするので、興味がある人は読んでみてほしい。見出しなどは適当につけています。

 

1.戦争の責任は誰にあるか

1990年、ドイツ統一が決まったとき、NATOは東方に拡大しないという合意が、アメリカとロシアのあいだでされた(口約束で文書上の合意ではない)。実際には、2000年前後に相次いでNATOは東欧に拡大している。

  • ウクライナNATO入りは容認しない、とロシアは明確に警告してきた(p.18)

1960年代のキューバ危機をアナロジーとしている。アメリカは隣国であるキューバに、ソ連核兵器配備を許さなかった。同じことを、ロシアはウクライナ(ならびにジョージア)のNATO加盟について警告してきた。

  • 2014年のクーデタとクリミアのロシア編入(p.21)

2014年に親露派のヤヌコビッチ政権が、親EU派によるクーデタで打倒された。ロシアはこのクーデタを認めず、ロシア系住民の保護を名目にクリミアを編入し、ウクライナ東部の親露派による実効支配を支援した。

クリミア編入後のウクライナ政権は、米英による武装化支援を受けて、実質的にNATOに組み込まれていた。ウクライナにとっては奪われた土地の奪還、ロシアにとっては武装化完了前の攻撃、という戦争の素地が揃いつつあった。

  • 引き返せない戦争(p.25)

この戦争は、元々はNATO東方拡大に関するアメリカとロシアの争いをウクライナが背負わされたものだが、アメリカにとっても国際秩序の維持という名目で引き返せない戦争になっている。アメリカとしても、ロシアが本気ではむかってくることは誤算だったのだろう。

 

戦争前のウクライナの状況

佐藤優などもたびたび指摘しているが、ウクライナは国家としてのまとまりを欠いている。結果として国民意識は希薄になる。本書では3つの地域として説明される。

  • 3つの地域(西部と中部)

西部はウクライナのなかでも貧しい地域に当たる。宗教的には東方帰一教会が主流。親EU的で極右の勢力が強い。プーチンがナチと言っているのはこれらの勢力のこと。中部は首都のキーフが属する。ウクライナ語を話し、ロシアへの警戒感も強いが、極右思想とも距離がある。

  • 3つの地域(東部)

東部はロシア系住民が多く、彼らはロシア語を話しロシア正教を信じている。2014年のクーデタを正当な政治手続きと認めていない。

  • 進行していた国家の破綻

これら3つの地域がバラバラなうえに、ウクライナは30年前の独立から人口が15%ほど減少していた。特にドイツやアメリカへの知識階層の流出が見られた。すでに国家の破綻が進行していたと言える。一方で、悲劇的な帰結ではあるが、戦争による「反ロシア」の感情は、はじめてウクライナ社会に方向づけを与えている。

 

これからの戦争の推移

  • 異質なものとしての反ロシア感情(p.60)

歴史的に父権主義が強かったロシアは、今でも権威主義体制の支配力が強く、欧米からは異質なものと見なされ、ロシア恐怖の感情が根強い。双方が歩み寄るのは難しいと思われる。

  • ヨーロッパの反応(p.71)

ドイツ中心のEUには経済的なロシア接近(とアメリカの排除)の動きが見られたが、それも今回の戦争でとん挫した。アメリカとしては、ヨーロッパ戦略として、ドイツとロシアの接近をけん制する必要があった。ロシアにとって、エネルギー面でロシア依存の高いヨーロッパの強硬な対応は誤算だったと思われる。

  • ロシア軍の無能力、ロシア経済の耐久力(p.136)

ロシア軍の無能力と、制裁下のロシア経済の耐久力は、どちらも西側が想定した以上だったと思われる。どちらの要素も戦争の長期化に寄与する。

アメリカは自分たちが標榜する国際秩序の維持、それから中国への対抗上からも、今回の戦争への関与を継続するもの思われる。

  • 意外に多い非難も制裁もしない国(p.152)

世界には父権主義の伝統が長く、権威主義と親和的な国が多い。アジア(特にイスラム圏)、アフリカ、南米には、今回の戦争を非難さえしていない国も実は多い。西側先進国の格差の拡大などで破綻しつつある自由民主主義は、世界的には絶対的に優位な価値ではない。これもロシアの孤立化を妨げ、戦争の長期化の要因となる。

結論:戦争は長期化する

結論として、戦争は長期化、消耗戦の様相を呈すると予想される。ウクライナNATO東方拡大の問題が先鋭化した土地として、アメリカとロシアの争いを背負わされている。一方の当事者であるアメリカが、すべての流血をウクライナに押し付けている状況で、その戦争の発端が何であったかをウクライナ人自身が知るとき、それはアメリカに対する憎悪に変わり得るものとされる。

 

感想

今回の戦争のアメリカの責任というのは、実はさまざまなところで言われている。一方で、独立国であるウクライナには自己決定権があり、確定した領土がある。発端はアメリカの無責任(と言うよりロシアの抵抗に対する楽観)にあったとしても、ロシアの一方的な侵略行為を正当化することはできない。現状としては、ウクライナへの支援が続けられるべきと思う。戦争の後については、ロシアと同様、アメリカの責任も問われるべきなのではないだろうか。