ヨンナナサン日記

散文と日記

映画を観る(ノーカントリー)

朝、近所を7kmほど走った。今月の中旬には、テーパリングといい、本番に向けて運動強度を抑え始める。その手前で走る。一昨日20km走ったのだけど特に問題はなかった。練習の成果の気がする。ただ、人工知能は、練習量は十分とは言えない、みたいなニュアンスのことを言う。参ったなと思う。先月は累計で100km以上走って、それでも足りないのならマラソンはかなり大変なものらしい。

 

ノーカントリーという映画を観た。殺し屋が、災害とか、人知を超越した運命のようなものを感じさせながら、特に意味もなく人を殺したりする(たまに殺さない)。本人には規範があっても、周囲には理解できない。老いた保安官が、昔はこんなじゃなかったと嘆くのだけど、終盤に、そもそも世界はずっと不条理を包含していたことを突きつけられる。急に終わる。すばらしかった。

 

原題は、コーマック・マッカーシーのノー・カントリー・フォー・オールド・メン。人間は老いると世界についていけなくなり、その不可解さを道徳の退廃などとすり替え始める。過去は過ぎていて、不条理にさらされる恐れもないからだろう。内田樹とかに観てほしい。

 

午後、出かけようと思っていたけれど、映画の感覚が重くてやめた。友人から柿がおいしかったと連絡があった。いくらかでもあるから、まだ食べられるなら連絡して、と伝えた。返事はない。もう柿は食べきれない。クローゼットにドルガバのシャツがあったので、新調したキャバンのジャケットの下に着る。派手で気に入った。近所のドラッグストアでカンパリを買う。

 

ウッドデッキで、ジン、カンパリ、炭酸水、レモン汁で作った酒を飲んでいる。甘いのに複雑な味でとてもおいしい。カンパリというのが、とても良くできているのだろう。空が暗くなっていく。ノーカントリー。

柿がたくさんある

午前中、21kmほど走った。途中、江ノ島の近くに出る。家もその辺を歩く人たちも、開放的な感じがした。たまに来るのなら良いなと思う。サーフボードを洗っている人がいる。洗わないといけないのだと知る。スキューバダイビングのスーツみたいなのを着て、自転車で走ってる人が多い。片瀬の辺は、細い道が多くて、何度か曲がるうちにどちらに向かっているのかわからなくなる。

 

午後、近くに住んでいる友人に柿を届けた。柿は近所でいくらでも取れる。大量にもらえるので、それをほかの人に渡す。お礼にとご当地的な醤油を用意されたけれど断った。庭木で生ったものなら受け取れるのだけれど。そもそもその柿はウチのものではなく、どこで取れたのかも知らない。

 

庭の雑草を抜く。秋になって明らかに減った。夏までに調子を崩したオリーブ(昨冬の乾燥で)、クレマチス(夏の暑さで)、ヴェロニカオックスフォード(義父に刈られて)は、いずれも元気になってきたようだった。薪を家のまえに運んだ。いくつかは焚きつけになるように、斧で細く割った。睡蓮鉢に、ランプアイの稚魚が4匹いたので、室内の水槽に移した。ラディッシュを収穫する。サツマイモとサトイモをいつ収穫するべきか考える。土の下にあるので時期がよくわからない。芋だから、割といつでもいいのだろうと今週も放っておく。