性分のようなものはずっとそのまま

桜が咲いてきたなと思ったら、いつの間にか満開になっている。間もなく散り始めそうな風情でもある。心の準備が追いつかない。

 

月曜日

異動できなかったことに消沈する。新しく来た上司はよく知っている人だった。昼休みに話す。しばらく会っていなかったけれどあまり変わっていない。人は数年で大きく変わったりしない。こちらの記憶が遠くなっているだけだった。

 

火曜日

たまに平気な感じで川の上に建物がある。こういうのは建築関係の法律などに問題はないのだろうか。人は言う。昔は大らかだったのでそういうこともあった。法律の適用基準が変わるほどドラスティックな変化がどこかであった。

 

職場の先輩と昼を食べた。よく行く中華屋が珍しくいっぱいで、近くの高そうな店に入った。料理がなかなか出てこなくて、先輩が店員にかなりきつい聞き方をしていた。普段は冷静な感じの人なので驚く。そういうのがあまり得意ではないので、まあまあと変な愛想笑いをしてごまかす。料理はおいしかった。

 

水曜日

伊勢佐木町から寿町の方に歩く。横浜でもあまり治安が良くないほう。けれど住民も高齢化して、労働者が暴れることも減ったらしい。道端に洋服と靴が落ちていた。なぜ。荒れていた時代の片りん。

 

グレイス・ペイリー「人生のちょっとした煩い」を読んだ。生きているなかでの消耗や、ちょっとした奇妙な出来事。誰にでもあるようにも見えるけれど、すべてが誰かにとってのユニークな出来事。そんな感じのことを書いている。

 

木曜日

普段ほとんどしない残業をする。にわかに忙しい。たぶん一週間くらい。その後は平常に戻るはず。職場から家が遠いので、21時くらいに仕事を終えると家でできることはほとんどない。忙しい人は頻繁にこれを繰り返すわけですごいことをしている。夜の街は綺麗に感じる。18時に見るととり澄ました感じで好きになれないのに。

 

金曜日

用事があって仕事を休む。けれど用事は早々に終わって、その後に予定はない。図らずも急に空いた一日。ジムに行ってると思って1時間くらいトレーニングをしてみた。そんなことではまだまだ時間がある。近くを歩いてみる。壊れたフェンス、伐採された果樹園、落書きされた看板、そんなものばかり目に入る。生まれついての性向なのだろうか。妹から久しぶりに連絡があって、最近は元気だと言っていた。それは良かった。

 

土曜日

前に住んでいたあたりに行く。自転車で15分くらい。似たようなところに長く住んでいる。そうは言っても生活の範囲が変われば行くことはあまりない。毎日のように前を通っていたスーパーや、暇つぶしの目的地だったペットショップを久しぶりに目にするのは、奇妙な感じもする。何だか、割と大事なことをすっかり忘れていたような気分だった。

 

夜、辻堂駅のほうに行く。テラスモールは19時くらいになると人が減る。電気屋でSDカードをパソコンに接続するリーダーを買った。すごく便利。フードコートのGARAというカレー屋が好きで、行くと必ず食べる。結果、ほかの店で食べたことがない。

 

日曜日

朝、造園屋さんが庭に植える木のことで打合せに来た。良い木を見積もってくれた。そのまま置いて行った。少し風が吹くとそのたびに倒れる。今は薪で囲んでがちがちに固めている。早めに植えてもらったほうがいい。昼から実家の両親のところに行った。プランターのパセリをもらう。プランターで作れるのか。

栃木旅行(館林市、足利市、佐野市、栃木市、日光市足尾)

職場の後輩と昼を食べていてどこかへ行こうという話になった。「どこか」はどこでも良くて、ただ日々の変化が重要なだけなので栃木県の足尾銅山にした。谷中村滅亡史を読んだから。途中の市にもなるべく寄った。二度と行くことのないだろう街に寄る。

 

館林市

高速道路を館林で降りる。館林市群馬県だった。たぶん大きな街なのだと思う。日清やカルピスの工場がある。働く人がたくさんいるから飲み屋も多い。スナックとかパブみたいな店がたくさんある。当然昼はやっていない。駅では何かの催しがあってテレビの撮影をしていた。地方テレビだろうから何だか知りようがない、と話したけれど、帰って調べたらカルピスラッピング電車のデビュー式典だったらしい。その気になればネットですぐに分かってしまう。そういう時代なのだ。

 

すごく古い感じのパチンコホールがあったので千円分打ってみた。パチンコのルールを知らないので後輩に教えてもらう。基本の左打ちさえ難しい。小当たりした後輩が出玉をこっちに回してくれる。たぶんやってはいけない気がするけれど、店員も何も言わない。客は高齢の人が多い。パチンコ屋なのに静かな感じがする。いくつかの台は撤去されてベニヤ板が貼られていた。

 

茂林寺という「ぶんぶく茶釜」発祥の寺に寄る。「ぶんぶく茶釜」を知らない後輩にあらすじを伝える。境内にはタヌキがいっぱいいた。最近作ったのかと思ったら、古い写真にも写っている。古式ゆかしいタヌキ寺。

 

 

 

 

 

 

足利市

栃木県に入ったらすでに昼過ぎだった。足利市の駅前。日本最古の学校(足利学校)があったけれど、時間がないので外から見た。昼はラーメンを食べた。驚くほどおいしかった。遠くまで来ているのでおそらく二度と食べることはできない。地下道を通る。知らない街だと地下道さえ通ってみようかという気になる。誰もいない。地上を信号で渡れるのだから当然だと思う。旅情のための地下道。

 

 

 

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佐野市

車中で名所らしきものを探す。運転は後輩がしてくれる。磯山弁財天に向かった。隣にある石灰工場みたいなものに夢中になってしまう。やってるのかどうか分からない。一角に子供のための広場があった。先代あたりが作ったという感じ。気持ちは残っている。時間がどんどんなくなる。社は崖の上にあった。

一乃館というホテルでビールとメロンソーダを飲んだ。古い喫茶店に入るとメロンソーダを飲みたくなる。何かの記憶とかイメージが喚起されるのだと思う。それはもう具体化できないのだけど。どこもブリキのおもちゃだらけだった。オーナーの趣味らしい。

 

 

 

 

 

 

栃木市

夕方。足尾銅山が目的なのに暗くなってしまう。途中の市を諦めることにした。栃木市鹿沼市宇都宮市栃木市の岩船山を遠景から見た。山頂に寺か何かがあるらしい。駅前を車で一周だけした。

 

日光市(足尾)

足尾は合併で日光市になっている。知らなかった。着いたときに夕方のチャイムが鳴っていた。人を強制的に寂しい気持ちにさせるメロディー。たぶん、友達と遊んでいて、間もなく帰らないといけないときの気持ちが染みついているのだろう。大きなヒットを打つのなら急がなければならない。

 

市内には遺構が点在している。変電所はまだ使われていた。謎のレール。山の上に塔があって、昔は運搬用のケーブルが張られていたというから関係があるのだろうか。平屋の市営住宅が妙に多かった。住んでいる雰囲気のある家は少ない。一両編成の電車が走っていた。車内から写真を撮る。

 

多くの遺構はたぶん観光資源ではなく、使われてもなく、ただそこにある。時間が経てば崩れ、危険があればその前に撤去される。ただ順番待ちの列が長いだけ。帰りがけの観光駐車場で中学生くらいの子がボール投げをしていた。考えてみれば、足尾で見た人はその子たちだけだった。あらゆるところで子供は明るい。僕もそうだったとも言えるし、それが希望だとも言える。