苦闘する効用主義『バイ貝 - 町田康』

 

私たちは、生きているだけでお金がかかる。なので稼ぐ。稼ぐには働かなければならず、働けば少なからず鬱が発生する。鬱を多く抱えていては幸せになれず、できるだけなくすようにしたい。どうしたらよいか。お金を遣うのである。

 

作中すべてのことは金銭価値に換算して比較される。うまく行かないことは「鬱の累積」であり、買ったものなどで効用が得られれば軽減する。けれども結果的に「○○万円の鬱の累積」は一向に無くならない。なにかを買うたびに、実際の出費と合わせて鬱が蓄積されていく。

 

鉄鍋に油をなじませるシーンがある。テフロン製等と違ってかなり面倒なものらしい。異様な熱意で、何日もかけて鉄鍋を育てていく。それはうまく行きそうにも見える。毎日チャーハンを食べ続ける。でも結局鍋は焦げ付く。様式美みたいに。そして鬱は蓄積する。

 

効用主義は人間の行動を「快楽と苦痛の差し引き」に還元できるとしたけれど、小説内で似たことをやると滑稽な感じだ。感情を金銭に換算することは本来難しい。

 

最終盤には、損得を前提にしない趣味を考え始める。犬の写真を純粋な喜びとして撮ったりする。結論がどうなったのかは、たぶん解釈の余地があると思う。