ドイツ人は部屋をとても綺麗にするらしい。何十分もかけて掃除をするそうだ。僕は別にドイツが好きなわけでも、言うなればドイツの何かを知っているわけでもないけれど、汚れきった部屋を見て、ドイツ人のようになろうと思った。大学生の頃の第二外国語で習ったわずかな知識と、浦沢直樹の漫画を思い出して、心にヨハンを宿した。今日の午後を通して部屋はわずかに綺麗になった。元の酷さを考えれば「格段に」と言ってもいいかもしれない。そう言うのを、相対的に捉えるべきかどうか。そして心の憂愁は晴れない。部屋の汚さが明け渡した憂いを他の何かがすぐに埋める。性格の特性としか思えない。近所の松屋にご飯を食べに行くのさえ逡巡する。カップ麺をじっと見つめる。こんなものでは腹は満たされない。出かけた。松屋のカルビ定食はうまかった。ちょっともたれたけれど。誰にも会わずに生きていきたい。でもそれが叶ったあかつきには、憂愁は全身に広がるだろう。

 

「東雲」というのは、明け方に東の空がうっすら色づくことを言うのだそうだ。今日、知って唯一よかったことだ。「しののめ」と読む。あとの時間はYouTubeで動画を眺めてた。毒にも薬にもならない。