簡単に揺れる心を持って生まれてきたので、大人になった今でも安定しきらない。さすがに青空を見上げて不安になったり、一面の菜の花畑を前にしてこれから先を生きられるか考えたりはしなくなったけれど、ふとした時に急に精神が揺らぐ。そういうことはなかなか変わるものではないらしい。

 

問題なのは、なんとなくそれを糊塗できるようになってしまったことで、そのために僕は随分とちぐはぐな人間になってしまった。加えて年月を経ることで体は大人、振る舞いもそれを前提にして、と意識するごとに、さらに動きはわざとらしくなる。滑らかに、思うがままに行動することができない。思っていること、とはなんだろう。思っていることを思おうとしていないだろうか、となる。頭の中に小さな人形がいて、その人形の頭の中にさらに小さな人形がいる。それが続く。

 

綺麗な青空は綺麗だな、と感じるようになった。そこに含意は見出そうとする必要はない、ということは理解できるようになった。

 

それでは、うつむきながら歩く老人はどうだろう。住宅街の中にポツンとある蕎麦屋の存在はどうだろうか。

 

どこかに不安などない世界があるのだろう。そしてそれは誰かの心の中にある。不安にあふれた世界と不安のない世界は、一つのところに共存することはできず、基本的に、前者がある日を境に後者になることもない。現にあるものの中で生きるしかない。

 

今日、外はとても寒かった。寒くなると不安にはなるけれど、なんでもないような景色を綺麗に感じたりする。枯れた丈の高い草が風にそよぐところとか、窓から射す陽とか。そういうことを繰り返してきた。ちぐはぐにはなってしまったけれど、総じて良くなっているのだと思ってる。