職場の古い貼り紙を剥がす。いつから貼ってあるんだ、と思う。平成24年はつい最近のことではない。5年前だ。もうすぐ6年前になる。それが証拠に、紙は黄色く変色している。

 

誰かが見るとも思えないそれらをビリビリ剥がした。

 

壁が綺麗になる。僕は貼り紙が苦手なので、そのことにすっきりする。

 

なんていうか、環境にいい仕事の仕方や、メンタルヘルスの向上を指南する文書が、いちいち壁に貼ってある理由がわからない。

 

それから職場の女の子が褒めてくれる。ずいぶん綺麗になりましたね、と。いいことばかりだ。

 

人生を決定づけるような思想や文章があるのではないか、と思っていたこともあったけれど、そんなものは存在しなかった。

 

思春期くらいの頃までは、大人のしかつめらしい態度や根拠のない尊大さに、そういうものがどこかにあるのだろうと感じていた。どうやら本当に根拠がないとわかったのが割と大人になってから。

 

それから、僕は貼り紙を剥がして生きている。

 

皆さんはご存知だろうか。スナフキンは何かを禁止する立て札を大変に嫌う。

Wikipediaムーミンの登場人物の項にも説明がある)

 

つまりこれは、貼り紙と立て札の違いはあっても、その点の嫌悪で僕はスナフキンと共通の面を持っているということだ。そして、何が嫌いかということは、ある人間をより的確に説明する(多分)。

 

嬉しかった。

 

スナフキンに憧れる人はたくさんいても、ほぼ全ての人がスナフキンのようになることはできない。ていうか、なれるわけがない。

 

優しくて、孤独を愛し、苦手なものとは関わらないで過ごせるくらいの自由。 

 

そういうわけで僕は貼り紙を剥がす。

 

これはスナフキンのするような行為で、しかもたまには女の子が褒めてくれるのだ。