仕事をしていると、毎日のように何々はどうなっているか、というようなことを聞かれる。それに対しては大体、夕方までにはやります、などと言ってお茶を濁しているのだけど、近頃は何について約束をしたのわからなくなりつつある。深刻な催促を受けたことはないので、ある程度は思い出せているのだろう。それか、相手が我慢している。僕は忘れていて、新しい約束をする。軽微な催促は頻繁に受けているのだ。基本的には仕事は断らないし、それでイーブンてことでいいと思う。

 

夕食の後に家の近所を歩いている。特に意味はないので、昔、信号のような光を放っていた巨大な鉄塔が今はただ建っているだけになったのを眺めたりする。他にも目的のなさそうな歩みをしている人がいる。それが僕の心情の投影なのか、それとも実際にそうなのかはわからない。決して理解し合うことはない。以って生きることを是とするか非とするかは人によるだろう。僕と同じようなことをあの人も考えているかもしれない、と思う。実は僕は重要な手紙を投函しに行く途中なのだ、と考える遊びなどもできる。書いたことのない手紙の、しかも重要なもののイメージだ。

 

なぜ相互に不理解が生じたのか。互いの見解を交換し合う機会は持てなかったのか。喪失についてどう考えるか。手紙にはそんなことが書いてある。喪失に関して言えば、事後に行われるほとんどの行為は無意味だ。あるいは、書く人の心をいくらかは癒すかもしれない。手紙を書く準備はしておこうと思う。何よりも、精神的な遊びの役には立つのだから。