職場でブドウが何種類か出てきて、どれが一番おいしいかという話で皆が一致してみると、なぜか少し嬉しかった。前々から基本的に、人と同じように、とか、空気を読む、という概念が苦手だったはずなのに。食べ物のことなんかは別なのかもしれない。あなたがおいしいと思うものを、僕も同じように感じながら食べているんですよ、みたいな。

 

ブドウの違いがわかると言えるのだろうか。今日に関しては言える。なぜなら色が違ったから。濃い緑と薄い緑、それから黒。

 

このまま生きていられるか、という疑問を持ち続けて生きてきた。当初の予想とほとんど違わず、なんとなくで今日になっている。だんだんと細かいことでは感じなくなってくる。それが良いことなのかは非常に微妙な話だ。少なくとも、そうなることを10年前に知ったら、穏やかに受け止めることはできなかっただろう。なぜ感じなくなるのだろうか。悲哀が積もっていって目詰まりを起こすようになるのか。

 

僕が住んでいるアパートの隣に、別のアパートがまた建つようで、毎朝見かけるたびに土地が平らになったり、基礎が打たれたりしている。まだ、建物の本体に取り掛かっていないので、がらんとした敷地と、その先の畑の向こうでは、ゴルフ場の雑木林が風に揺れ、月はぼんやり浮かんでいる。このままずっと、何かが建つ予感を感じさせたまま、この状況が続けばいい。そんなことはありえないのだけど。

 

夏が終わったはずなのにトカゲが喫煙所の付近を走っていた。考えてみれば、トカゲがいつまでその辺にいるものなのかを知らない。あれは、あれでいいのかもしれない。あるいは、寝損なったトカゲなのかもしれない。一度、失敗するとなかなか眠ることはできない。僕はそのことについては詳しい。

 

普段、あまり話すことのない人と一緒になって、天気の話題になった。ありがちなことだと思う。一時的なようだけど暑いですね、と言って空を眺めていたら、雲が流れていった。他に話すべきことが思いつかなった。しばらくして、また天気の話をした。別に嫌だったわけではない。どちらかと言えば好ましかった。僕はずっとそんなだ。これからも多分、大きく変わることはない。