太りたくない

ジンバブエドルをお土産にもらった。単位が日本円だったら、ネジを飛ばさなければゆうに一生暮らせるような金額だけど、たぶん100円くらいの価値もない。こんなもののために、愚痴を言いながら働いたり、無駄遣いに悩んだり、将来のために切り詰めるとか、いろんな人生があるのだなと思う。ところがそれは、本当の意味では持ちたるもののだけが感じるそれで、僕にだって当然お金は大事だ。

億単位のお金を持った僕は、夕方に川沿いの道を歩いた。太らないためには、計画的にスケジュールされた運動が必要だ。トレーニングをして、食事を節制、消費カロリーも活動量計で測る。そういうのだって若い頃の僕なら鼻白んでいただろう。管理された家畜みたいだって。お金と同じだ。それはとても大事なことで、誰にも避けて通れないはずなのに。学生の時分に特有な万能感で、己だけは特別なような気になってしまう。そんなことはないのだけれど。そして、薄っすら予感していたりもした。

将来に対する悲しさを帯びた予感は概ね実現した。こうなってしまうのかな、という類のものだ。違ったのは、思っていたほどに悲しくはない、ということ。僕のポケットには億単位の金が入っている。太りたくなくて川沿いの道を歩いている。夕暮れの砂利道の向かう先は工事サイト。回転灯が通行禁止と迂回路を知らせる。そういうのには、それなりのおかしみがある。