急に目が覚めたので時計を見たらまだ5時50分だった。そこからもう一度寝ようとしたのだけどできなかった。コーヒーを入れて朝の準備をしても今は7時。仕事に出かけるのに1時間くらいある。

 

たぶん、仕事上の人間関係の問題が心にかかっていて、うまく寝つけない日がある。それが今度は目が覚めるという形で出たのだろうか。そうだとしたら、寝られないよりは目が覚めるほうがいい。ここには焦りがない。早朝の日の出を見る。あれを夜と言うのか、朝と言うのかは、その人の生活のパターンによる。僕にとっても、かつては早朝は寝る前の最後の時間だった。

 

家の中から見ている分には、外の光、空気の動きやなんかはもう春だ。だから外に出て寒さに戸惑う。眠気はまだある。

 

千葉に行って灯台を見た。灯台では夕日だった。夕焼けの中の逆光の灯台もいくらかはまぶしい。雲の輪郭が黒く縁取られる。そういったものをイメージして生きることはどうやらできる。

年末年始に飲酒を続けてお腹が痛い。飲酒のせいでないとすれば重篤な何かかもしれない。特に何もないアパートを年末に出て、人の家に泊まったり実家や親戚の家にいたりして、久しぶりに帰るとすごく安心する。食べるものが見事に何もなかった。唯一そこにあったカップ麺を食べて、遅ればせの正月特番のバラエティーを見た。日本の正月だった。そのあとに行ったビリヤード場でビンゴを引いたら3等が当たった。あとは腹痛さえ治せばとても良い。新年おめでとうございます。

千葉県の流山というところに行ってきた。僕の住んでいるところから2時間くらいかかる。それだけの時間をかけて出かけても、風景は神奈川のこの辺りとあまり変わらない。関東平野の広さを実感した。友人の家で酒を飲んだ。何人かいても酒を飲むのは僕だけ。買っていったハイボールがなくなり、最後の方は料理酒にしているという焼酎を飲んでいた。夜は静かだった。タバコを吸うのに外に出ないといけない。住宅街の窓からクリスマスツリーの明滅が見える。その時は酔っていて気がつかなかったけれど、クリスマスはとっくに終わっている。今日は12月31日。明日から新しい年が始まる。

アマゾンがサイバーマンデーというのをやっていたので、ノイズキャンセリングヘッドホンというのを買ってみた。高かったけど、これでスタバのBGMを気にしないで過ごすことができる。話し声はそれほど気にならないし、誰かがいるなとむしろ安心するくらいなのに、BGMが全般的に苦手。

 

ノイズキャンセリング機能というのは、周囲の雑音に対して音的に反対の位相(?)をぶつけることで強引に静かっぽくするものらしい。あまりに未来。使ったみた印象としては、道路沿いを歩いてもわりと静か。遮音性が高いだけなのでは、とも思ってしまうけれど。

 

近くの公園に紅葉を見に行ったみたのだけど、シーズンをだいぶ過ぎていたようだった。見事に色づいた葉っぱは、なんだかカサカサだった。そして落ち始めていた。

 

郷土資料館の展示がわりと面白かった。僕がこの土地の出身だからだと思う。へえ、こんなところがあるんだ、とよく見ると小さい頃から何度も行ってるところだったりする。というか、小さい町だから、ほとんどの場所には行ったことがある。

 

自分のいる場所の小ささに辟易していたはずなのに、大人になってから戻ってきて郷土資料館に行ったりするようになっている。考えてみれば紅葉なんかも気にしたことがなかった。今日知ったのは、12月に見に行くのはどうやら少し遅いよう。

トローチは薬効を感じさせる。甘くも苦くもない。少しだけスッとするけれど、それも結果的にそうなったのかなくらいの微かさ。遊びがない。

 

今のところ、そのトローチもあまり効いていない。風邪かなと思う。

 

通りかかる家からは順に、ルームフレグランス、入浴剤、夕食のカレーの匂いがした。喉が痛くても鼻はなんともない。

 

しばらく歩けば、どこかしらの家からはカレーの匂いがしますね。カレーは美味しいからなのだろう。そして今晩はカレーなのだと思うと、何かに許されたような気持ちになるから。

 

先週行ったバーの女の人はとてもいい香りがした。そしてとても素敵な笑顔だった。あれは「香り」だった。

 

下を向いたまま歩いていると、たまにジョギングしている人と不意にすれ違う。かなり驚く時もある。それなのにそれって他の誰が見ても分からないのだろう。そう思うと面白い。実は僕はけっこう驚いていたんですよ、と。

 

今日の夕食は豚汁だった。カレーは見知らぬ誰かの家の食卓に並んでいる。会うこともない。でも豚汁だってわりと捨てたものではない。

喉が痛いのは、熱がないことを考えても、昨日度数の高い酒を飲んだから。先輩がほとんどおごってくれるのをいいことに普段飲まないようなものにも手を出した。

 

ジンは何があるんですか?よくわからなかったから最後のやつをください。ロックで、ちょっとライムを入れて。

 

そして喉が痛くなった。

 

街灯はいつの間にかオレンジ色になっている。いつからなりましたか。僕の知る街灯は青白く憂鬱で、真下しか照らす気のないそれだったはずだ。オレンジでよくなった。オレンジ色に照らされていると静かな気持ちになる。目に優しい。周りは見えるようで見えていないので、通りかかった家の庭の草木が雑草のよう。雑草みたいだったよ。

 

下を見ながら歩いていると、精神が内向する。ずっと歩いていけそうな気分になる。なぜかと言えば内向しているから。疲れや飽きは、内向している精神に感知することは難しい。何もない。あえて言えば歩道の柄にパターンがあるかな。色の濃いところと薄いところがある。永遠に続く。ずっとずっと内向していけば、何年でも続けることができる。

 

月が出ていて、家の屋根が青白く照らされていた。洗われているみたいだった。雪が降る土地だったらよかったのにと思う。

ケージの中の抗生物質まみれの豚

数日のあいだ酒を飲まないでいた。体調は良かったのだけど、さっき急に飲みたくなった。喉が異常に渇く。この渇きは、生命の維持のために人体が欲するそれとは明らかに違う。衝動が突き上げるよう。我慢するのがとても難しい。タバコにも同じ感じがある。こっちは今のところ、なんとか耐えている。

 

身体を粗雑に扱うことがかっこいいと思っていたことがあった。その時に染み付いた生活がなかなか抜け切らない。栄養バランスの考慮されない食事、過剰な飲酒、喫煙。今でも実はかっこいいと思ってる。しょうがない。

 

豚は毎晩、抗生物質を与えられる。与えられているかどうかは知らないけれど、そう仮定しよう。ケージの中で清潔に育つ。適度な運動を心がけ、健全な思考を育む。集団の輪を乱す思慮に欠ける行動は慎む。そうして皆が誇り高い食用豚として出荷される。

 

そういうイメージがずっとある。だから僕はまず氷結を飲む。禁煙は続けながら。